子供の頃の楽しさを、大人になっても無くさないって難しい
退職して時間が余りまくってると、いろんな事を考えてしまう。
『子供の頃って、何で意味もないような事を全力で楽しめたのか?』
この問いが、幸せの重要なキーワードになるような気がする。
僕は大人になって、心から楽しいと思う事が極端に減った
大人になってから、本当に楽しいと感じる事が少なくなった。
音楽が一番分かりやすい。
子供のころは、新しい歌をたくさん聞いた。
『GLAYの新曲が出た!』ってなったら、速攻で聞きたくなったもんなぁ。
友達が『山嵐聴いてみ!』って言えば、素直に興味を持って聴いてみた。
今は新しい歌を聞きたいと思えない。
やっかいなのは、『何か新しい歌を聴きたい』とは思ってること。
でも、自分に合う音楽を探すほどのパワーがない。
だから音楽に関しては、高校生くらいの時から時代が止まったまま。
大人になると素直に楽しむ事が出来ない理由
子供の時にはできて、大人にはできない。
その理由を考えてみよう。
経験値が上がって、先を予測するから
僕の場合、これがデカいように感じる。
何かをやろうとか、どこかへ行こうと思っても、先を予測して分かった気になってしまう。
子供のころよりは経験した事が増えたから、新鮮味ってのが少なくなったんだろうね。
予測がつく事は、面白くない。
物事に意味を求めてしまうから
『鬼ごっこ』に意味なんて無かったはず。
大人になった今だと、例えば『健康増進のため』とか『友達とのコミュニケーション』だとかの意味を求めてしまう。
だから、ゲームもほとんどやらなくなった。
『クリアして何の意味があるのか?』を考えてしまう。
子供のころは、寝ずにドラクエのレベル上げしてたんだけどね。
ミニ四駆の肉抜きとかも、最高だった。
楽しむより先に、やらなければならない義務がある
これは、ちょっと微妙なんだけど。
子供のころも、学校や塾に行ったり、家の手伝いだったり義務的な事もあったから。
ただ大人になると、その比重は大きくなるからかな。
利害関係のない友人が減るから
利害関係の全くない友人を作るのが、子供のころよりハードルが高くなる。
無理に作る物でもないし、なかなか難しい。
仕事や家庭を持つと、時間が合わないのも原因。
どうすれば子供の頃のように楽しめるのか?
自分の中でもハッキリと答えは出てないんだけど、いくつか心がけてる事を書いてみる。
誘われたら断らない
子供や嫁さんが『あそこに行きたいなぁ』とかって言ったら、自分が興味なくても断らずに行ってみる。
とりあえず何でもいいから動いてみる事が、新しい興味を見つけるキッカケになったりするからね。
後は自分で興味を持てないんだから、他人の興味に乗っかる作戦!
そういえば、子供にせがまれて買った『寿司ゲーム』が楽しかった。
小さな欲求を大切にする
『◯◯のラーメン食べたい』とか、『急にスラムダンク読み返したくなった』みたいな、クソのような欲求を大切にしてる。
小さな欲求を無視して殺してしまうと、本当に行動力が無くなるんだよね。
『無駄な事を大切に』が標語だ!
運動をする
身体を動かす事は、心にも影響する。
子供のころは、学校行くのも友達と遊ぶのも、身体を動かしてたでしょ。
劇的に変わるわけではないけど、身体を動かした後は心が軽くなってる。
散歩、筋トレ、ストレッチを適当に実践中。
楽しもうと頑張らない
逆説的だけど、楽しもうと頑張らない。
やってみて合わなかったら、次からやらないだけ。
フットワークを軽くするためにも、頭で考えない事も大切。
『考えるな、感じろ』の名言を肝に命じよう!
まとめ
『無職になったらバラ色だぜ!』って思ってたけど、以外と『やりたい事』がない。
これが精神的にキツく感じる事があって、こんな記事を書いてみました。
死ぬほどハマれる物が欲しいなー。
以上!
「子供の頃の楽しさを、大人になっても無くさないって難しい」でした。